The Midnight Seminar

読書感想や雑記です。近い内容の記事を他のWeb媒体や雑誌で書いてる場合があります。このブログは単なるメモなので内容に責任は持ちません。

「PCやタブレットより紙で読むほうが効率的だ」という実証研究いろいろ

 最近職場でペーパーレス化を進めようという号令がかかり,たとえば資料を紙で印刷して説明するのはやめて,データで送って予め見てもらってから打ち合わせするようにしましょうとかいう話になった.すでに,作成中の資料を印刷して相談にきた若手社員を係長が「印刷しないでって言われてるよね」と叱り飛ばすといった事案も起きている.
 まぁそんなに厳しいルールでもないので別にいいのだが,ふと「紙のほうが作業効率が高いということが明らかになった場合,それがペーパーレス化によるコスト削減効果を上回っていたら,本末転倒じゃね?」みたいな天邪鬼発言を予定して,裏付けとなる研究が無いか探してみた.
 というか,そういう研究がネットの記事になっていたのは以前みたことがあったので,まずそれを確認した.
 まず,発光型のデバイスで読む場合,反射光で読む紙の場合とは脳の反応が異なるという研究があるという記事.

プリントアウトした方が間違いに気づきやすいワケ - A Successful Failure


マクルーハンは、我々が映画を見る時とTVを見る時とでは脳の受容モードが異なると指摘し、米国の広告研究家であるハーバート・クルッグマン(Herbert Krugman)の研究を引用している。クルッグマンは被験者を2つのグループに分け、同じ映画を見せた。ただし、一方のグループにはスクリーンに投影した反射光として見せ、もう一方のグループには半透明スクリーンの裏から投射した透過光として見せたのである。


(中略)


発光型デバイスであるモニタを見るときには、脳はパタン認識・くつろぎモードになるため、文書を見ても全体を絵柄として捉え細部に注意がいかなくなり、ぼんやりとくつろいで見ることになり間違いに気づきにくくなる。一方、紙にプリントアウトすると、それは反射光となるため、脳は分析・批評モードに切り替わり、文書を細部まで細かくチェックすることが可能となる。そのため、間違いに気づきやすいというわけだ。文章をチェックするときに、一旦紙にプリントアウトして見ることは、理に適った行動なのだ。


(中略)


2013年7月、トッパン・フォームズは、国際医療福祉大学の中川雅文教授(医学博士)の監修のもと、近赤外分光法(NIRS)を用いて、人がある特定の活動をするときに脳のどの部位が関わっているのかを調べることができる近赤外光イメージング装置を利用し、DMに接したときの脳の反応を測定した結果を発表した。
同じ情報であっても紙媒体(反射光)とディスプレー(透過光)では脳は全く違う反応を示し、特に脳内の情報を理解しようとする箇所(前頭前皮質)の反応は紙媒体の方が強く、ディスプレーよりも紙媒体の方が情報を理解させるのに優れていることや、DMは連続的に同じテーマで送った方が深く理解してもらえることなどが確認されました。


 これだけでは詳しいことは分からないが,目が疲れるだけでなく,脳の反応にも影響あるということか.個人的には逆に、紙の方が分析的というよりは直感的に捉えることができて、間違いを見つけやすい気もするが。


 デバイス(メディア)の違いが文章読解に与える影響を研究しているノルウェーの研究者の最近の実験が紹介されている記事もあった.

電子書籍より紙の本で読んだほうが、内容をよく記憶できる:研究結果 | ライフハッカー[日本版]


ノルウェイのスタヴァンゲル大学の研究者、アン・マンゲン(Anne Mangen)氏の新しい研究では、50人の被験者に28ページの短編小説を読んでもらい、後から重要なシーンをどれくらい思いだせるかをテストしました。このとき、被験者の半分はKindleで、残りの半分はペーパーバックで読んでもらいました。
登場人物や設定を思い出すことに関しては、どちらのグループも同程度の成績だったと、ガーディアン紙が報告しています。ところが、物語のプロットを再構築するよう頼んだところ、大きな違いが見られました。電子書籍で読んだ人は、14のストーリーイベントを正しい順番に並べるテストにおいて、著しく悪い成績を示しました。
(中略)
「物語の進行に合わせて紙をめくっていくという作業が、一種の感覚的な補助となります。すなわち、触覚が、視覚をサポートするのです」とマンゲン氏。「おそらくこのことが、読書の進捗度合いと、物語の進行度合いを、よりはっきりと印象付けるのでしょう」


 なるほど.確かに,読むときも書くときもだけど,身体的な感覚と意識のあいだにはやはり関係があるような気はする.
 で,上記の電子書籍の実験とは別のものなのだが,このマンゲン氏の下記の論文を読んだので以下に紹介しておきます.


 Mangen, A., Walgermo, B. R., & Brønnick, K. (2013). Reading linear texts on paper versus computer screen: Effects on reading comprehension. International Journal of Educational Research, 58, 61-68.


 この論文で報告されているマンゲン氏の実験そのものも大事なのだが,先行研究レビューの箇所を読むのがむしろ目的だった.
 マンゲン氏の紹介によると,たとえばWästlund, Reinikka, Norlander, & Archer(2005)は,紙とコンピュータのぞれぞれに被験者を割り当ててテキストを読ませ,内容に関する質問に答えたり,内容を要約してヘッドラインを書くという課題を与えた.結果,コンピュータ条件の被験者は有意に成績が悪く,またストレスや疲労のスコアも高かった.コンピュータ上での読解は,紙に比べて認知的な負荷が高くなっていることが示唆されている.


 Noyes & Garland(2003)によると,物事の思い出し方には2種類あり,"remember"は関連する知識から連想的に検索する方法で,"know"はより直接的に該当の知識にたどり着くことができるものとされる.
 紙とコンピュータのそれぞれで被験者にテキストを読ませて比較する実験を行うと,紙で読んだ人は内容をrememberで思い出す割合とknowで思い出す割合が同じぐらいだったのが,コンピュータで読んだグループの人はrememberが2倍ぐらい多かった.Noyesらは,コンピュータ画面が長期記憶を生成する過程に影響を与えているのではないかと指摘している.


 Garland & Noyes(2004)でも同じ結果が出ていて,episodic memory(エピソード記憶)がsemantic memory(意味記憶)に転換するプロセスが,メディアに影響を受けていると指摘されている.
 結論としては,紙で勉強したほうが,"schematization"(心理学の用語で,知識を後の判断に使える枠組みとして蓄積していくこと)の障害が少なく,学習が早くて,検索しやすい記憶が残るそうだ.


 Kerr & Symons(2006)は,5年生(日本の何年生に当たるかは知らん)に紙と電子画面でテキストを読ませる実験をしている.マンゲン氏によると,子供を被験者とした実験は事例が少ないそうだ.
 この実験では,紙で読んだほうがスピードは速いのだが,コンピュータで読んだ場合のほうがたくさんの情報を思い出すことができた.この点だけをみると他の研究とは逆の結果であるようにも思えるが,読解テストで内容をより深く理解していたのは紙で読んだグループのほうだった.つまり,コンピュータのほうがゆっくり読んだ分たくさんの情報を思い出せただけかも知れないし,紙のほうが読解時間が短かったにもかかわらず理解が深かったということは,表面的な情報取得については紙が優位ではない可能性もあるが,“理解”の効率は紙のほうが良いということが示唆される.


 また,論文やレポート等を添削するタスクの効率に実験はいろんな国で行われているらしく (Coniam, 2011; Johnson, Hopkin & Shiell, 2011; Johnson & Nádas, 2009; Johnson, Na ́das & Bell, 2010),総じて,添削者がコンピュータ上で作業した場合(スキャンしたデータ上でマークしたり,コメントを書き込んだりする),紙でやった場合に比べて,レポートの内容をよく思い出せなくなることが知られているとのことだ.


 さて,マンゲン氏がこの論文中で報告している自身の実験は,ノルウェーの10年生(15-16歳)72人に,物語文と説明文をそれぞれ紙とPDFで読ませ,その後に読解テストを行うというものである.
 仮説は,
 1 紙で読んだほうが,内容をよく理解できる
 2 説明文のほうが認知的な負荷が高いので,媒体による影響をより強く受ける
というもの.


 実験の前に国語(読解力やボキャブラリー)のテストを行ってある.事前テストも本テストも,素材は公的な学力テストの機関作成のものから取ってきている.
 グループ分けしてそれぞれ紙・PDFでテキストを読ませた後に読解テストを行って,事前テストのスコアと,グループごとの本実験読解スコアを用いて,sequential regression analysisを行った.sequential regression analysisって何なのかよく知らないのだが,中身を読むと,重回帰モデルに変数を順次投入していって分散説明率の変化を見ているようだ.


 まず事前テストの点数が紙/電子グループによって異なるかを検定し,有意に異ならないことを示している.
 次に,本実験読解のスコアを被説明変数として,それを説明する重回帰モデルを構成する.まず事前テストのスコア(3項目ある)だけの重回帰モデルで全体の分散をどれだけ説明できるかを算出し(STEP1),その後に性別を変数として投入し(STEP2),最後に紙/電子化の区別を変数として投入して(STEP3),分散説明率の変化を見ている.
 結論として,紙/電子という変数を投入することでモデルの説明力は有意に向上し,紙か電子化という変数の回帰係数も有意となっている.
 なお,説明文と物語文で有意な違いはみられなかった.


 引用されてた以下の文献も読もうかと思ったが,職場でネタにする分には上記の内容で十分なので,ひとまずやめておいた.

  • Wästlund, E., Reinikka, H., Norlander, T., & Archer, T. (2005). Effects of VDT and paper presentation on consumption and production of information: Psychological

and physiological factors. Computers in Human Behavior, 21, 377–394.

  • Noyes, J. M., & Garland, K. J. (2003). VDT versus paper-based text: Reply to Mayes, Sims and Koonce. International Journal of Industrial Ergonomics, 31, 411–423.
  • Garland, K. J., & Noyes, J. M. (2004). CRT monitors: Do they interfere with learning? Behaviour and Information Technology, 23(1), 43–52.
  • Kerr, M. A., & Symons, S. E. (2006). Computerized presentation of text: Effects on children’s reading of informational material. Reading and Writing, 19(1), 1–19.