The Midnight Seminar

読書感想や雑記です。近い内容の記事を他のWeb媒体や雑誌で書いてる場合があります。このブログは単なるメモなので内容に責任は持ちません。

“競馬の神様”・大川慶次郎氏の偉大さについて考える——90年代の競馬を振り返って

 
※ひと昔前の競馬について書きますが、当時はまだ馬齢を満年齢ではなく数え年で数えていた時代で、私のなかでは未だに「クラシック」と言えば「4歳」なので、このエントリも当時の表記に合わせて書いています。


競馬を全然みなくなった

 今日、たまたまYouTubeでみつけた↓の動画に見入っていました。やはり実況はフジテレビ*1のやつがいいですね。YouTubeだと、フジテレビに削除されるからなのか、あまり見つからないんですけど。



名馬たちの圧勝劇 - YouTube


 上の動画は、過去20年ぐらいのスターホースたちが「最大着差」をつけて勝ったレースを集めているので、G Iの前哨戦となっているG IIレース等が多いんですが、ちょうど私が競馬を見ていた時期のレースがたくさん収録されていてとても懐かしかったです。
 私は最近まったく競馬を観ないのですが、観ていた当時は普通の人よりは熱心で、競馬場に通っていただけでなく少なくとも重賞レースについてはすべてビデオに録画していたし、『週刊競馬ブック』と『ギャロップ』を買って巻末に載っているラップタイムや展開などのデータを分析したりしていたので、G II等でも割と鮮明に覚えています。
 ちなみにギャンブルとしての競馬が好きだったわけではなくスポーツとして観戦していたので、勝ったとか負けたというのはあまり記憶に残っていません。そもそも、競馬をみていた時期の半分以上は未成年だったし。私の周囲では叔父が熱心な競馬ファンでしたが、彼も馬券は買ってなかったですね。


 ナリタブライアンがクラシックに出ていた94年ぐらいから競馬の記憶がありますが、初めて競馬場に行ったのは96年の桜花賞だったと思います。花見を兼ねて、うちの家族と、近所の知り合いの家族で行ったような気がします。*2
 その後、たぶん2003年ぐらいまではある程度競馬を観ていた記憶があるんですが、2000年以降はさほど熱心でもなくなり、2004年とか2005年頃になるとほとんど競馬を見なくなってしまって、今は全く観ません。なので、ディープインパクトとかウォッカとかオルフェーブルは、名前しか知らないです。


 さて、あんなに熱中していたのに、なぜ全く観なくなったのか? 私個人の話なんてどうでもいいんですが、その理由を思い出してみることで、逆に競馬の面白さについて考えることもできそうです。
 実際のところ、なんとなく観るのをやめていったという感じではあるので、理由というほどの理由は思い出せないですし、単に飽きただけと言った方が適切かも知れません。ただ2007年頃に、当時まだ熱心に競馬をみていた友人と、

私 「スペシャルウィークのあたりを境に、なんか好きになれる馬がいなくなったんだよなぁ」
友 「たしかにあの後、スターホースっていなくなったよね」


 というような会話を交わした記憶はあって、これは確かに理由としてはあると思います。
 競馬における「時代」を思い出すには、有馬記念の人気投票とか、年度代表馬の一覧表をみるのが分かりやすいですね。↓のとおり表にしました。ちなみに赤字は、私が好きだった馬です(笑)。この表の作り方だと、サイレンススズカが入ってこないのが不満ですが。(98年の有馬記念の人気投票に、「サイレンススズカ」って書いた人たくさんいただろうなぁ・・・)


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 私はじつはスペシャルウィークはあまり好きではなかったし、その後のテイエムオペラオーもイマイチ好きになれなかったので*3、結局1998年あたりをピークに、私が「スター」と思える馬はいなくなったことになります。
 ちなみに1998年というのはけっこうすごい年で(1998年の日本競馬 - Wikipedia)、

  • サイレンススズカの快進撃と故障・死亡(未だに最も好きな馬)
  • エルコンドルパサーが4歳でジャパンカップを制する(個人的には、歴代最強馬の1頭だと思っている)
  • タイキシャトル強すぎww
  • 1年前には「怪物」と呼ばれていたものの、長期休養と復活後の不調から忘れられていたグラスワンダーが、有馬記念を制する

 と、私の好きな馬たちが活躍していたので、とても印象に残っています。


 この頃話題になっていた馬たちには強烈な個性がありました。
 エアグルーヴは牝馬のくせに強すぎて笑ってしまったし、サイレンススズカほど美しい馬は結局ほかに見ることがなかったし*4、タイキシャトルは短距離馬で初の年度代表馬となったし、グラスワンダーは左回りのコースでは全く勝てないのに右回りだとスペシャルウィークやエアグルーヴにも負けないという不思議な馬だったし、エルコンドルパサーはクラシック2冠馬のセイウンスカイを差し置いて最優秀4歳牡馬に選ばれて、翌年には日本で1走もせずにスペシャルウィークを差し置いて年度代表馬に選ばれるという異例の存在でした。*5


 こういう個性のあるスター馬が、2000年頃から(一時的に?)少なくなってしまって、勝負が全体的に面白くなくなってしまったのは確かなんですよね。私は2003年以降は競馬をほとんどみていないので、その後のことは何も知りません。けっこう面白くなっていったのかも知れないので、2000年代以降の競馬の全てをつまらないと言えるわけではないし、今熱心に競馬を観戦しているファンの人に異論を唱えたいわけは全くありません。


 98年か99年頃を境に、少なくとも一時的に魅力的な「スター馬」がいなくなったのは、もちろん単なる偶然かも知れません。ただ、もしかすると、サンデーサイレンス産駒があまりにも強すぎて毎年似たような馬が勝っているという感じになったのが原因かも知れないし、社台ファームの馬ばかり勝つようになって面白くなくなったってのもあるかも知れません。
 あと、伝統的にはクラシックや長距離戦で勝てる馬が「名馬」とされてきて、そういうレースの「格」が高かったわけですが、エルコンドルパサーのような外国産馬やタイキシャトルのような短距離馬も「やっぱすげーじゃん」みたいな感じになってきたのが当時の流れでした。そうなると、「馬の凄さ」と「レースの格」が合わなくなってしまって、日本の競馬が矛盾を抱え始めた時期だったのかも知れないですね。
 エアグルーヴなんて普通に牡馬より強くてびびりましたが、そういうふうに、既成概念が崩れていろいろカオスになり始めていたのが当時ですね。「クラシック重視」「中長距離重視」「牡馬重視」の伝統的な価値観からすると脇役であったはずの馬たちが、競馬を盛り上げるようになってきた時代だったわけです。

競馬をみなくなった、もう一つの理由

 で、今日ふと冒頭の動画をみていて思い出したのですが、当時私は競馬雑誌とか競馬新聞を見るときに、競馬評論家の大川慶次郎さんの解説をとても熱心に読んでいました(冒頭の動画に大川さんは出てこないので関係ないんですが、なぜか思い出した)。10年以上前に亡くなっているので、最近競馬を始めた人はご存じないと思いますが。
 大川さんは、1日の全てのレースの予想を的中させる「パーフェクト予想」を何回か成し遂げて、「競馬の神様」と呼ばれるようになった人です。1960年代から競馬解説をやっていたので、競馬界の生き字引のような人でもありました。没後何年も経っても、「大川さんならどう予想したか?」が話題になるような、希有な人です(参考記事1参考記事2)。
 たしか、日刊スポーツには必ず大川さんの予想と解説が載っていたし、ダイヤルQ2みたいなやつで競馬の予想をしている番組があってそれも聴いていたしw、大川が出版した本も何冊か読んでいました。


 大川さんはフジテレビの「スーパー競馬」のコメンテーターをやっていたので、関東の人は毎週大川さんの解説を聴いてたんでしょうけど、私は関西に住んでいました。関西テレビ(フジテレビ系)の「ドリーム競馬」は基本的に関西のレースをメインで放送するもので、コメンテーターも違うので、私はテレビではあまり大川さんのコメントを聴くことができませんでした。関東側のメインレースのパドックとレースの中継時だけ、東京側のスタジオに切り替わるので、そのときだけ大川さんがテレビに出てくるという感じ。


 その大川さんが死んだのが1999年の有馬記念の少し前なんですが、ちょうどその頃を境に競馬が面白くなくなったっていう実感があることに、今日気づいたわけです。
 大川さんの論評は、どの馬が勝つとか負けるとかいう単純なものではなくて、とても人間味がありました。というか、馬を人間みたいに見立てて、好きだの嫌いだの、感謝するだの申し訳ないだのと言っていたのが面白かった。後述しますが、馬を擬人化したような大川さんの物言いが、競馬を「物語」に仕立ててくれていたんです。


 ウィキペディア(大川慶次郎 - Wikipedia)を見るとエピソードがいくつか載ってます。

大川は自身の見解が違った場合、見解が誤っていたことを認める性格であった。オグリキャップのラストラン有馬記念ではオグリキャップは限界などと話していたが、レース後、スーパー競馬の解説席からオグリが勝利したことについて「私などはいの一番にオグリへ謝らなければならない」と自身の見解が誤っていたことを認めた。

晩年はエアグルーヴが好きで、エアグルーヴが牝馬ながら秋の天皇賞を制した際には「この馬は普通の牝馬じゃないですよ。和田アキ子さんですよ」と絶賛した。エアグルーヴの引退レースとなった有馬記念ではオグリキャップのときのような後悔はしないと、ピークの過ぎたエアグルーヴを絶賛し、敗北後も後悔はしていなかった。


 とかね。(後述の動画に、まさにこの「オグリに謝罪」の場面が出てきます。)
 この、オグリキャップの有馬記念は、大川さんのエピソードの中でも一番有名なものです。多くのファンに愛されていたオグリキャップが、「奇跡の復活」を遂げて日本中が涙したレースでしたが、大川さんはもともとオグリをあまり高くは評価しておらず、このときもメジロライアンを本命に推していた。そして最後の直線でオグリが抜け出してきて、いよいよ盛り上がってきたところで、大川さんが実況のアナウンサーの声を遮って「ライアン!ライアン!」と叫んでいるのがテレビで流れたというエピソードですね。私はそのころ小学生だったので、生では見ていませんが。


 今でも思い出すのは1999年、スペシャルウィークが大活躍していたときの評論です。大川さんはスペシャルウィークが好きではないと言っていて、私もそうだった。理由も同じで、あの馬は大きい方ではあったけど細く見えることが多く、特に前からみると馬体がすごく薄くて、なんか貧弱だったんですよね。大川さんは割とガッチリした馬が好きだったと思います。私も、強い馬のイメージと言えば、エルコンドルパサーみたいなパワフルな馬でした。
 ところがスペシャルウィークは、春の天皇賞で勝ち、宝塚記念ではグラスワンダーに負けたものの秋にはまた天皇賞を勝って、さらにジャパンカップも制しました。大川さんは、秋の天皇賞もジャパンカップも、スペシャルウィークは無印。外すにしてもこれはあまりにも極端で(春・秋の天皇賞を連覇した馬をジャパンカップで無印にするとかw)、なんかこだわりのようなものが前面に出ていたんでしょうね。


 そして迎えた暮れの有馬記念。この有馬記念の直前に大川さんは倒れて帰らぬ人となったので、最終的な予想は分かりません。しかし2週前の時点で大川さんはグラスワンダーを推していて、これが「生前最後の予想」とされ、しかも的中したことが有名になっています(大川慶次郎 - Wikipediaにも書いてある)。
 ただ、どの時点での発言だったか記憶が定かではないのですが、「私はスペシャルウィークは好きではないし、良い馬だとは思っていない。だけどさすがに、結果的にここまで勝っている馬には、敬意を表さなければならない」みたいなことを言っていたことのほうが印象に残っています。本命はグラスワンダーで、たぶん生きていたらスペシャルウィークに△ぐらい打つことにしたんじゃないかという記事が、スポーツ紙に載っていたと思います。*6


 探したら、その有馬記念の2週前に放送された「スーパー競馬」の動画がニコ動にありました。

 
 大川慶次郎、最後の予想。 ‐ ニコニコ動画:GINZA


 この中でも、結論としてグラスワンダーを推していますが、天皇賞(秋)とジャパンカップでスペシャルウィークに印を付けなかったのは自分の「思い違い」だったと認めてますね。

競馬に「物語」を与てくれた人

 Wikipediaを見ていても、大川さんは理性より感情に従って競馬に取り組んでいた(と言うと言いすぎだろうけど)感じがよく出ている(笑)。彼は、優等生的に勝ち負けを予想をするだけの記者ではなく、競馬というスポーツに「物語」を与える評論家だったんです。
 その大川さんが死んでから、私にとって競馬というスポーツが、物語としての面白みを失ってしまったような気がします。大げさなようですが、というか実際少し大げさに言ってはいるんですが、私にとって競馬はやはり、大川さんという「監督」を通してはじめて意味のある「物語」として結実する、ドキュメンタリー作品のようなものだったわけです


 たった1人のコメンテーターにそんなに依存するのもおかしいとは思うのですが、その理由について考えておくことは逆に、「○○評論家」と言われる何かと中途半端な立ち位置の人たちが生み出している価値を理解するための、一つのヒントになるような気もします。
 大川さんの場合は、というかさらに限定して言うと「私にとっての大川さんの評論」の場合は、それが競馬に「物語」を与えてくれるというところに価値がありました。たまたまですが、私はいま大学院で「物語」型の情報というものが人間の心理に与える影響の研究をしています。物語とはなんぞやという定義みたいなものについても、割と細かく先行研究を調べた上で自分なりの見解もありますが(そもそもそんな先行研究がたくさんあるということを初めて知ったときは驚きましたが)、ここではそんなややこしい話をしたいのではなく、もっと単純である意味では馬鹿馬鹿しい話です。


 先にも言ったように、大川さんの物言いには、馬を「擬人化」するようなところがありました。馬があたかも人物のように扱われるところがあって、私の頭の中では、そんな大川さんによる擬人化を経ることで、競馬という世界が物語的に構成され易くなっていたような気がするのです。これについては、暇ができたら大川さんの過去の著作を漁って、きちんとまとめたいような気もしますが。


 いま手元にある『大川慶次郎 殿堂馬を語る』という本をパラパラめくってみると、たとえばトウカイテイオーについて、

 この2回目の有馬記念のレース前、私はフジテレビのアナウンサーの横にいて、
 「今日のトウカイテイオーは違いますね。『ああやっと芝の上を走れる』という感じがします。喜びに満ちた良い返し馬をしていますよ」
 と言いました。
 (中略)
 あとで「あの言葉はよかったね」と多くの方に言ってもらったけど、実際あの返し馬は、本当にすばらしかった。トウカイテイオーがサラブレッドとしてレースに走れることの無上の喜びに浸っているようで、実に印象的でした

 という話が載っていたり、ナリタブライアンについて、

 6歳の阪神大賞典は勝つことは勝ちました。マヤノトップガンと鎬を削るマッチレースになって、平成の名勝負だと言われているけれど、私は「平成の名勝負は?」と聞かれたときに、あのレースを挙げるつもりはありません。というのも、並んでゴールしたレースを挙げるのは、ナリタブライアンに気の毒すぎると思っているからです。先述したとおり、ナリタブライアンは、後続を何馬身も離してゴールするのが本来の姿であって、集中力を欠いて。体にどこか悪いところがあるから、ああいった競馬をするんです。あれを平成の名勝負だという人は競馬を、といって悪ければ、ナリタブライアンを知らない人だと私は思いますね。

 と語っていたりします。


 YouTubeに「スーパー競馬」の中での追悼映像も上がっていました。(上述の、「ライアン!ライアン!」「私などは、いの一番にオグリに謝らなければいけませんねぇ」も出てきます。)
 

  「スーパー競馬」さようなら大川慶次郎 - YouTube


 この動画に出てくる大川さんへのメッセージの中で、すでに他界した名馬を挙げて、

もう、ライスシャワーには会われましたか?
ナリタブライアンは、相変わらずですか?
サイレンススズカは、どうですか?

きっと今頃、天国でみんなに迎えられて、あなたは思い出話に花を咲かせていることでしょうね


 と言っている箇所があるんですが、たしかに大川さんは馬を人間の友達みたいに評する人だったので、死んだ後に「天国でみんなに迎えられて」という表現がとても似合います。
 そういえば昔、『みどりのマキバオー』というとても感動的な競馬マンガがありました。


みどりのマキバオー (1) (集英社文庫―コミック版)

みどりのマキバオー (1) (集英社文庫―コミック版)


 このマンガでは、馬がみんなしゃべるんですよね。だから全然リアルじゃないんですが、やはり馬がしゃべった方が、競馬は面白い物語になる。
 で、これはマンガだけではなく実際の競馬にも言えることで(なんかヘンな話ですが)、大川さんの競馬評論というのは、マキバオー的世界観で競馬を味わうことを可能にしてくれる面があったわけです。大川さんの頭の中で馬がしゃべっていたのかというとさすがにそんな空想家じゃないことは分かっていますし、大川さんもいつも明示的に擬人化していたわけでもなく、言葉の端々にそういう感じがうかがえたという程度なんですが、喩えていうとそういうことです。


 他のスポーツであればプレイしているのは人間であって、彼らが自分でしゃべりますから、スポーツを物語的に捉える*7のもそんなに難しくないような気がします。しかし馬はしゃべらないですからね。騎手や調教師はしゃべりますが、やはり主役は馬ですから、主役がしゃべらないというところにエンターテインメントとしての競馬の弱みがあるとも言える。


 私の場合は、大川さんの評論を通じることで、競馬のレースを「人間」が演じる物語のように味わうことができていた面がある気がします。大川さんが積極的に競馬を物語化して解説していたかというと、そんなこともなく、繰り返しになりますが「言葉の端々にうかがえる」程度のものでした。明示的に、競馬を物語風に喩えるライターならむしろ他に一杯いたと思います。JRAの「優駿」という雑誌には、そういうエッセイとかドキュメンタリー的な記事が色々載ってましたし。
 しかし大川さんの言葉というのは、明示的に「物語化」をしていないのに、絶妙に馬を身近に感じさせてくれるところがありました。馬が、「知り合いの知り合い」みたいに思えてくるんですよねー。私はべつに大川さんの友達でも何でもありませんが、喩えて言うと、「そういえば俺の知り合いで面白い奴がいて……」としゃべる友人の話を聞いているような感じだったのです。
 その大川さんが死んでしまって、競馬が何か無機質な、単なるゲームのように思えてきた面があったような気がします。あくまで私の場合はということですし、ちょっと誇張が混じった話でもあるのですが。


 ゲームで思い出しましたが、私が本格的に競馬を見始めたのは、スーパーファミコンの「ウィニングポスト 2」というゲームをやってからでした。「ダービースタリオン」もやりましたが、私はウィニングポスト派です。
 ダビスタは、ひたすら「最強馬」を作り上げるために血統や調教を工夫していく、終わりなき戦いです(少なくとも当時はそうだった。今は知らん)。ウィニングポストはそれとは対照的で、二十代で馬主になって、50年間の馬主生活を歩んでいくという、ストーリー性に重きを置いたゲームでした。私はやっぱり、ストーリー性があって、終わりのあるゲームのほうが面白く楽しめましたし、競馬というものに感情移入するきっかけを与えられたと思っています。


 ウィニングポスト的ストーリー性に惹かれて競馬を始めて、大川慶次郎さんの評論から「マキバー的世界観」を得て競馬を楽しんでいたというのは、あくまで私個人の場合です。しかし多くの競馬ファンがそれぞれに、競馬の「物語化」の方法を持っていると思います。そしてその物語化が何かの拍子に途絶えてしまったときに競馬から離れていくというのは、私以外でもあり得るパターンなんじゃないでしょうかね。そして、物語化を可能にしてくれていたものの偉大さに、後から気づくんだと思います。

メモ:大川さんの競馬評

 最後に、大川さんの競馬評で今でも印象に残っているものを箇条書きで挙げておきます。引用ではなく、あくまで私が記憶している「趣旨」ですが。

  • ミホノブルボンは、結局短距離馬であったことと、無理な調教で引退が早まってしまったために歴史の上ではあまり目立たないが、史上最強馬の1頭である。
  • ナリタブライアンは、皐月賞3馬身半、ダービー5馬身、菊花賞7馬身という凄まじい勝ち方から、歴史的な名馬だと言われているが、10年先輩のシンボリルドルフの完成度には達していない。そりゃ同世代の馬よりは強いんだけど、ナリタブライアンは馬体もさほど美しくないし走り方も綺麗ではない。ただ、気力がものすごいから、いつも全力で走っていて、だからああいう圧勝劇になる。
  • ナリタブライアンとマヤノトップガンの阪神大賞典は、たしかに見かけ上は4コーナーからゴールまで馬体を接してのデッドヒートで、歴史的な名勝負だと言われているが、あれはブライアンが本調子ではなかったからああいうレースになっただけであって、本来であればブライアンが圧勝しているはず。
  • ナリタブライアンが股関節を故障したあと、復帰しても今ひとつ活躍できなかったのには理由がある。ブライアンの強さの本質は気力であって、他の馬ならありえないぐらい全力で走るというところにあったのだが、股関節を故障した結果、身体を全力で使うことにおびえるようになってしまった。だから怪我が一応治っていても、ブライアンは本気で走っていない。全力で走っても大丈夫なのだということを教えてやるために、プール調教をやった方がいいと調教師に言ってやったのだが、ぜんぜん言うことを聴かない。*8
  • マヤノトップガンをあまり評価しておらず、サクラローレルよりも遙かに格が落ちるとみていた。G Iをいくつも勝っているが「運」だと言っていた。
  • バブルガムフェローはルドルフ級*9
  • (5歳時のタイキシャトルについて)タイキシャトルは確かに短距離馬だ。しかしこれだけの圧倒的な勝ち方をしていて、どこに限界があるのか想像もつかない馬だから、最後はスプリンターズステークスではなく有馬記念に出走すべきなのではないのか。この馬がマイル以上の距離を走るところをみてみたいし、ファンも大いに盛り上がるはずだし、なによりこの馬であれば2500mでも良い勝負ができるはずだ。*10


 ついでに。

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 他にも色々読んだと思いますが、とりあえず今手元に残ってたのはこの3冊だった。

*1:今は知らんけど、私が見てた頃は、関西では「ドリーム競馬」、関東では「スーパー競馬」という番組名。

*2:たしかエアグルーヴが熱発かなんかで出られなくて、ファイトガリバーが勝った桜花賞ですね。ちょうど、翌週の皐月賞も、たしかバブルガムフェローとダンスインザダークが出られなくて、イシノサンデーが勝ったんでした。その前の月には、ナリタブライアンとマヤノトップガンの一騎打ちとなった有名な阪神大賞典がありました。

*3:スペシャルウィークみたいな細身の馬は好みではなかったです。私の中での「強い馬」のイメージに合わなかった(笑)。その後のテイエムオペラオーも、あれだけ勝ちまくったのは同世代に強敵がいなかったからと思えてしまって、私の中では「スター」というイメージはないのが正直なところです。

*4:4歳の時の神戸新聞杯で初めてサイレンススズカを生で見た。明らかに太めで出てきていて、結局勝てなかったのだが、レース前にパドックを歩いている様子をみて涙が出るほど感動してしまった。馬体も美しいんですが、なんというか身のこなしがあまりにもしなやかでバランスが取れているから、波紋を一つも残さずに水面を歩いているような感じで、地面に脚が着いているということを全く感じさせない、不思議な馬だった。エアホッケーのパックみたいに、摩擦ゼロで滑っていく感じ。

*5:ちなみに、YouTubeに動画が上がっている「時代を彩った名馬たち」という番組(http://www.youtube.com/watch?v=Q10UNDoXGlY)に「競馬関係者100人が選ぶ名馬ランキングというのが出てくるが、それによると1位ディープインパクト、2位オグリキャップ、3位サイレンススズカ、4位エルコンドルパサー、5位シンボリルドルフ、6位ミホノブルボン、6位ダイワスカーレット、8位ウォッカ、8位テンポイント、10位ナリタブライアン、となっていた。サイレンススズカとエルコンドルパサーがシンボリルドルフより上にくるとは……。ちなみに、「ファン100人が選ぶ名馬ランキング」は、1位ディープインパクト、2位トウカイテイオー、3位オグリキャップ、4位ブエナビスタ、5位シンボリルドルフ。

*6:当時の日刊スポーツでは、大川さんが推す馬を4頭挙げて、その4頭のボックス買いをしましょうという連載記事があって、基本的に大川さんの予想は毎回◎○▲△の4頭だけだった。

*7:人間は多くの物事を「物語」風のフォーマットに当てはめて理解しています。心理学で「スキーマ」と呼ばれる概念がありますが、あれは一般的すぎてべつに「物語」に限られない。しかしもっと限定した意味で「物語」フォーマットってもんがあるんだという議論をしてる人たちもいるんですよね。

*8:よく分からないけど、プールは股関節も大きく使うので、プール調教すると馬が「思いっきり動いても大丈夫なんだ」ということに気づくのだと大川さんは言っていた。

*9:最終的な評価はそんなに高くないと思う。天皇賞かジャパンカップの時に、仕上がりが良くてパドック解説で「ルドルフ級」と言っていたが、負けた。

*10:当然シャトルは、マイルCSのあと、1200mのスプリンターズステークスに出走。圧勝するはずが原因不明の3着。