The Midnight Seminar

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楠戸伊緒里『放射性廃棄物の憂鬱』(祥伝社新書)――10万年の地中管理は可能か

放射性廃棄物の憂鬱(祥伝社新書269)

放射性廃棄物の憂鬱(祥伝社新書269)


 放射性廃棄物の処分方法を詳細に論じた一般向けの新書である。たぶんあんまり売れている本ではないと思うけど、最近読んだ原発関係の本のなかでは個人的には一番面白かった(発売されたのは先月)。ちなみに本書は、原発本とは言っても、「脱原発か原発推進か」みたいな世間を賑わせている話題は全く出てこない。
 高レベル放射性廃棄物の最終処分というのは10万年ぐらいの長期間にわたって管理が必要となるもので、誰もその行く末に責任が持てないから原発反対論の根拠の一つともなってるわけである。しかし著者は、この途方もないスケールの課題を扱いながら、べつに「だから原発なんてやめてしまおう!」みたいな議論にはまったく進まず、淡々と、処分に関する技術、歴史、各国の方針などを素人にも分かりやすく解説している。というのも、べつに今すぐに原発をすべて廃止したところで、すでに出来てしまった廃棄物は結局なんとかしないといけないのだから、放射性廃棄物の処理方法の研究者にとっては、原発の是非もクソもないわけだ。


 中・低レベル放射性廃棄物については、各国に処分施設があり、すでに処分が行われているが、高レベル放射性廃棄物の最終処分については未だどこの国も着手できておらず、フィンランドでようやく世界初の最終処分場建設が進行中とのこと。かなり綿密に試験が行われるらしく、このフィンランドの最終処分場が稼働し始めるのは2020年頃だそうだ。第一章は、このフィンランドのプロジェクトの紹介となっている。ちなみにフィンランドに続くのはスウェーデンの計画で、こちらは2025年頃に稼働予定らしい。


 第二章は、原子力発電所および核燃料の再処理施設から放射性廃棄物が生まれる基本的なプロセスと、廃棄物の量の多さ、放射能の危険性、そして途方もない管理期間の必要性についての解説となっている。
 処分が必要な廃棄物のレベルは4種類ぐらいに分けられるらしく、中・低レベル放射性廃棄物の中でも楽なやつは50年ぐらい管理すれば安全になり、その次が300〜400年間の管理が必要なもの。高レベル放射性廃棄物でも、まだマシなやつは処分場の管理期間が数百年間で、ただし安全評価は1万年ぐらいにわたって行う必要がある。そして一番ヤバいやつについては、300メートル以上の深さに人工バリアを作って埋める「地層処分」という処理を行い、10万年間ぐらい確実に隔離しておかなければならない。本書のメインテーマはこの最も難しい「地層処分」だと言っていい。


 第三章では、この「地層処分」という処理方法が考案されるに至った歴史と、その処理方法の詳しい解説が行われている。素人からすると単に「地面に埋める」というイメージしかなく、特段工夫された案のようには思えないものだが、けっこう奥が深い技術のようである。
 冷戦時代初期にはアメリカとソ連がかなりテキトーな処分を行っていて、アメリカの場合は低レベル廃液はそのまま地面に垂れ流しており、高レベル廃液はコンクリートで封印していたものの、たびたび漏洩していたらしい。それでさすがにヤバいだろうという議論が出てきて、地中に埋める方法の研究が始まった。また、とくに低レベル放射性廃棄物については、昔はどこの国でも「密閉して海に捨てる」というのが基本だったらしいが、これもヤバいだろうということで世界的に禁止されることになった。
 で、ロケットで宇宙へ運ぶのも南極の氷の中に埋めるのも現実的な案ではないし、地上で貯蔵し続けてそのうち人類が放射能を取り除く技術を開発するのを待つというのも危険な話なので、結局、人工バリアで覆って安定した地層に埋めるという方法しかないということになったわけである。


 放射性廃棄物を地中に埋めたあと、ほんとに10万年もの間、地上の人間の生活に影響がないような安定した状態が保てるのかというのは分からない。ここで面白いのが、20億年ぐらい前には、今の原発と同じ様なウランの核分裂反応が自然に起きていた「天然原子炉」みたいな現象があったらしく(これは日本人研究者が理論的に予測し、フランスの原子力庁がアフリカで実際に存在した証拠を発見した)、その痕跡を地質学的に調査すれば、地面に埋めた高レベル放射性廃棄物の状態変化についてある程度の予測が行えるという話だ。また、高レベル廃液は「ガラス固化体」というのにしてさらに金属の容器で覆って埋めるのだが、ガラスや金属の長期間における変化も、遺跡から出土するガラスの勾玉とか金属製品に関する考古学的な調査を参考にして予測されるらしい。
 原発関連の話題で「面白い」なんて言葉を発すると不謹慎だと言われかねないご時世ではあるが、このへんの著者の解説は正直、プロジェクトXみたいな感じで面白かった。


 第四章は日本の廃棄物処理がどうなっているのかという話である。日本では、核燃料の再処理(まだ国内ではできておらず英仏に委託)を行っており、そこから生まれる高レベル廃棄物はガラスで固めて、地面に埋める前にまず30年〜50年ぐらいのあいだ冷却しないといけないので、現在は中間貯蔵施設で保管されている。そしていずれ、これを「地層処分」で最終処分しなければならない。その処分場の立地を検討するプロジェクトは動いていて、まずは候補地を選定して地質の調査とかをするらしいのだが、そもそも名乗りを上げたのがこれまでに高知のなんとか町しかなく、その町も町長が変わってしまって立候補を取り下げたので、見通しは全くたっていないというのが現状でやばいらしい。


 第五章は、放射性廃棄物の処分に関する世界各国の取り組みの現状のまとめである。印象に残ったのは、アメリカは政権が変わるたびに方針が二転三転しており、ぜんぜん国家戦略が明確じゃないということ。ロシアは将来この分野をビジネスの材料にしようとして積極的に投資しており、原発の建設自体も、福島で原発事故が起きたこともあまり関係なくガンガン進めているということ。そして最終処分に向けたプランが相当程度進んでいるのはフィンランドとスウェーデンであるということ。あとフランスも、もともと原子力推進に積極的な国だということもあり、最終処分場の候補地選定なども順調に進んでいるようだ。ちなみにフランスでは、福島の事故の半年後に、低レベル放射性廃棄物処理センターで爆発事故が起きて作業員が1人死亡したらしいが、原子力政策全体に大きな変更はないらしい。


 最初に述べたように、本書は「原発賛成!」「反対!」みたいなホットな議論からは少し距離を置いたもので、しかも放射性廃棄物の処分そのものについても、「これからどうすべきか」については特に結論はない。最後の第六章は「放射性廃棄物と人類の未来」というタイトルだが、何か指針を提案しているというよりは「もっと研究しようぜ」という内容だし、何しろ本文の最後の締めくくりは「今後の放射性廃棄物に関する動向は目が離せないものになりそうだ」である。
 だから、あまり政治的な関心を持って読むと淡々とし過ぎていてつまらないかもしれないのだが、放射性廃棄物の処理自体は原発推進派にとっても反対派にとっても重要な問題に違いない。やはりどう考えてもスケールが大きすぎる課題で、「10万年」とかいう単位が普通に出てくるし、20億年前の天然原子炉の話にまで言及されているわけである。凄いのは、10万年間も管理するとなると、基本的な情報を継承していくのが大変で、そもそも途中で言語自体が変化していく可能性があるから、そこまで考慮して方法を考えないといけないらしいw
 著者が言っているとおり、これは今すぐ原発を全廃したところで何の解決にもなるわけではなく、人類が本気を出して研究しまくらなければならない分野であることは間違いないので、こういう本で概要を頭に入れておくことにはけっこう意味があると思う。