The Midnight Seminar

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T.R.マルサス『人口論』(中公文庫)


 本書の「人口は、制限されなければ等比数列的に増大する。生活資料は、等差数列的にしか増大しない」(p.23)という命題は、高校の教科書にも載っていてあまりにも有名だ(生活資料=食糧)。人口と食糧の増加の比率については、本書の中にもいくつかの数値が登場するのだが、結局のところ歴史的経験に基づくマルサスの印象に過ぎないので正確さは期待してもしかたがない。しかしとにかく、食糧が増えるスピードよりも人口が増えるスピードの方が一般的に速いから、飢餓を回避するのは難しいということをマルサスは指摘したわけである。
 ただし、マルサスは単にそういう事実を指摘するだけのために本書を著したのではない。「救貧法」と「進歩主義」を批判することこそが目的であった(というかほとんど後者の批判がメイン)。


 イギリスの「救貧法」にはいくつかのバリエーションがあって、歴史も長いので一言では説明できないが、要するに国民から税金を集めて貧乏な人たちに様々な形で分配するという社会福祉法である。マルサスがそれを批判したのは、金持ちから貧乏人へいくら所得を分配したところで、食糧の絶対量が不足したままであれば(余分な食糧がないのであれば)、食糧価格が上昇することはあっても、貧乏人がメシを食えるようにはならないからだ。
 だからマルサスは、社会福祉を充実させるよりも、農業生産に力を入れる政策を実施して、食糧を増やすことを考えるべきだと主張した。
 論法として単純すぎるので、現実の(とくに現代の)経済政策にそのまま当てはめられない部分もかなりあるが、忘れて構わない論点ではないだろう。


 「進歩主義」の思想家として具体的に登場するのは、数学・哲学者のコンドルセと無政府主義者のゴドウィンである。とりわけマルサスが執拗に批判しているのは、彼らが唱えた人間の「完成可能性(perfectibility)」、あるいは無限の進歩の可能性という思想であった。人間の理性は元来完璧なものなので、それを解放してやれば万事うまく行って、いずれ人間社会からあらゆる苦悩が取り除かれるだろうという楽観主義である。
 様々な意味合いでマルサスはこの思想を攻撃しているのだが、やはり批判の要点は、ゴドウィンやコンドルセが「食糧問題」を軽視しすぎているというところにある。食糧生産に限界がある以上、人口はある水準以下に押しとどめられる必要がある。しかし、「人口の優勢な力は、不幸あるいは悪徳をうみださないでは抑制されない」(p.36)のだ。要するに、餓死者を出したり結婚を諦め(る人が多くなっ)たり、捨て子をしたり戦争で殺しあったりしない限り、人口は減らないということである。だとするならば、苦痛や不安のない「完成」された社会を構想するのは無意味だということになる。


 「人間の制度の欠陥を見いだすことほど容易なことはなく、適切な実際的改良を示唆することほど困難なことはない」(p.153)のであって、マルサス自身も結局のところ人口‐食糧問題を平穏の裡に解決する方法を提示してはいないし、現代の世界でもまったく解決されてはいない。ほぼ永久的に、人間は不幸であらざるをえないのだ。
 しかし、「害悪が世界に存在するのは、絶望をうむためではなく、活動をうむためである」(p.222)のであって、「活動は精神をつくりだすのにあきらかに必要なようにおもわれる」(p.205)とマルサスは言う。悲劇が存在するからこそ人間は活動的であり得るのであり、その活動の力によって人間は自らの精神を成長させ、曲がりなりにも文化を生み出してきたのである。「人口と食糧とがおなじ比率で増大したとすれば、人間はおそらく未開状態から脱しなかったであろう」(p.207)ということだ。


 またマルサスは、「人生のかなしみと困窮とは……心をやわらげ、なさけぶかくし、社会的共感をめざめさせ、キリスト教道徳のすべてをうみだし、また慈愛に活動のひろい余地をあたえるために必要であるようにおもわれる。……それらのやさしい資質をもつ魂、これらのよろこばしい共感によって目ざめ、活力をあたえられた魂は、たんなる知性のするどさよりも天界と密接な交渉をもつようにおもわれる」(pp.211-212)と言っている。逆に言えば、社会から不幸が消えるとき、人間は徳性を失って神から見はなされるだろうということだ。


 ちなみに、翻訳は申し分ないし、言っていることが単純なので読みやすいです。
 どうでもいいけど、いま辞書を引いてみて、「食糧」は主食のことで「食料」は主食以外の食べ物を指すことを初めて知った。「食糧」は要するに、生きていくのに不可欠な栄養源という意味ですね。


 以下引用。

● 人口は、制限されなければ等比数列的に増大する。生活資料は、等差数列的にしか増大しない。数学をほんのすこしでもしれば、第一の力が、第二の力にくらべて巨大なことが、わかるであろう。(p.23)
● 人間の制度の欠陥を見いだすことほど容易なことはなく、適切な実際的改良を示唆することほど困難なことはない。才能のある人であとの種類の仕事よりもまえの種類の仕事に時間をもちいる人がおおいのは、なげかわしいことである。(p.153)
● もしロックの考えが正しければ、またそう考えるおおきな理由があるのだが、害悪は活動をつくりだすのに必要なようにおもわれ、活動は精神をつくりだすのにあきらかに必要なようにおもわれる。(p.205)
● 人生のかなしみと困窮とは……心をやわらげ、なさけぶかくし、社会的共感をめざめさせ、キリスト教道徳のすべてをうみだし、また慈愛に活動のひろい余地をあたえるために必要であるようにおもわれる。……それらのやさしい資質をもつ魂、これらのよろこばしい共感によって目ざめ、活力をあたえられた魂は、たんなる知性のするどさよりも天界と密接な交渉をもつようにおもわれる。(pp.211-212)
● 害悪が世界に存在するのは、絶望をうむためではなく、活動をうむためである。(p.222)


人口論 (中公文庫)

人口論 (中公文庫)